Wednesday, April 21, 2010

Go Ahead. Make My Day.



某K誌に、年輩の俳優たちに関しての記事を書くにあたり、クリント・イーストウッドのことに言及。
あらためて、YouTubeで、「ダーティ・ハリー4」の名台詞を吐くシーンを観る。

やっぱりクリント、カッコイイわ…

追記:
YouTubeの動画を貼り付けたんだけど、画面右側が切れちゃってる…(涙)

Tuesday, April 20, 2010

スクールランチは国防の危機?

こんな記事を見つけた:

http://www.msnbc.msn.com/id/36664612/ns/health-diet_and_nutrition/

アメリカの学校のランチは、軍隊に不適格な肥満児を生み出し、国防の危機につながるそうな。

でも、太平洋戦争中の日本のようにアメリカで徴兵制度が実施されてしまったら、子供を軍隊に取られるよりは、肥満児にさせて不適格と判定してもらう方が良いな、母親としての本音です。

Sunday, April 18, 2010

哀しいこと

今朝は哀しいことを目撃した。(電話での会話で実際に目にしたわけではないので「目撃」というのは正しくはないかもしれないけれど。)

私は、子供の学校と日本の姉妹都市の公立学校との交流プロジェクトの御世話をしている。
その中でも最大のイベントは、アメリカ側である子供の学校の5年生が姉妹都市の学校を訪問。先方の生徒の家庭にホームステイしながら授業を受けたり、地域イベントに参加。広島や奈良にも日帰り旅行をするという“短期留学”のようなイベントである。

このイベントには、毎年、学年の1/4~1/3ぐらいの生徒が応募するが、自己負担での旅行とはいえ、誰もが行けるというわけではなく、日本の学校で授業を受け、見知らぬ日本人家庭で御世話になるということで、年齢なりの責任感や自覚を持ち合わせた子供でないと、付き添いの親たちだけでなく、学校やホストファミリーに迷惑をかけることは目に見えているので、先生の推薦から学校の成績、学校外で接する大人(所属するスポーツチームのコーチとか、御稽古事の先生、ボーイスカウトの先生等)の推薦など、子供の成熟度を測る材料を集めて、過去に付添い人を務めた卒業生の親たち(私たちはコミッティーと称している)が評価することになっている。

この評定では、毎年、必ず1人か2人、「行く用意ができていない」と判断される生徒が出てくることがほとんどである。理由は、日本語力などではなく、「責任感が希薄である」、「他人に対する配慮が無い」、「注意散漫な態度が目立つ」といった日常の言動が基になる。5~10人の集団で異国を訪ねる以上、人の言うことに耳を貸さず自分勝手な行動を取る子供は参加できないという、ごく当たり前の考えだ。

それなのに、嗚呼、それなのに、毎年毎年、必ず、コミッティーの判断に不満を持つ親が居る。「どうしてウチの子だけが行けないのだ?」、「行ける能力があるのに納得できない」と。

Excuse me, but do you REALLY know your child?

各生徒が行くに足るだけ成長しているかどうかということは、1人の独断と偏見に基づいた決定ではなく、子供を日常観察をした複数の先生の意見、学校外で接している大人の意見に基づき、3人の親が自分たちの経験に基づいて、日本を訪問するにあたり問題を起こしそうな子供は推薦できないという結論に達しているのに、自分の子供への愛情で目が曇っている親にはそれが見えない。

今朝、その最悪の例を電話で「目撃」した。

この生徒、かりにAとしよう。
Aの親は、5月に行われたこの短期留学のオリエンテーションに不参加。申し込みの期限を1週間も過ぎた頃に、彼女の祖母が親の会の会長(かりにJとする)と顧問の先生に泣きついて、半ばごり押しの形で申し込んできた。私は、仕方なく、「他の生徒が全て参加でき、さらに先生やコミッティーの判断で推薦できるという判断が下された場合のみ、参加可」ということで、申し込みを受領した。
コミッティーは、最初の評価で申し込みが1週間過ぎたこと、彼女の成績がボーダーラインに近いこと、担任の先生のコメントを基に、彼女を「不適格」と評価。私は、Aの祖母にその旨を伝えた。
その3ヵ月後、2学期目の成績と担任の先生のコメントを主材料にした2回目の評価が行われた際、Aからは成績表の提出が無く、コミッティーとしても、評価の材料が欠けていたことや、担任の先生の「推薦しない」というコメントを基に、Aには参加不可という決定がなされた。今回は、他にも1人、書類は全て期限通りに提出したもう1人の生徒も、先生の評価や学校の成績を基に参加不可の決定が出されている。

参加申し込みをした全生徒に結果を通知した翌日、Aの母親から決定に不服を示す電話を受けた。
私は、Aは、申し込みが遅れたこと、それを挽回するだけの成績も先生からのコメントも無いこと、そして決定的だった2学期目の成績表の未提出を材料に、複数の人数から成るコミッティーが不参加の決定を下したことを伝えた。しかし、Aの母親は、自分の母親(Aの祖母)がこれまで付添い人の渡航費用の捻出のため一所懸命ボランティアに参加したのに、こんな結果は納得できないという不満から始まり、自分たちは全てすべきことはした、自分の娘には充分参加資格がある、との一点張り。提出書類が欠けていたことを指摘すると、痛いところを突かれたせいか、逆上。最後には、私たちが皆「人種差別主義者」だとののしり(彼女は日本人と黒人のハーフ)、私を「ignorant racist bitch」(無知で人種差別者のバカ女)と呼ぶ始末。私は、これでは話にならないと電話を切らざるを得なかった。

その後、私は親の会の会長であり、Aの同級生の母親(彼女の子供も短期留学参加者)でもあるJに電話をかけ、何があったかを伝えた際、Aの母親が非常に問題のある人物で有名なことを知った。

この話にはさらにエピローグがついている。例の非常識な電話の後、A自身が私に電話をかけてきて「短期留学に参加させて欲しい」と懇願してきたのだ。彼女の背後には明らかに母親がついていて、「こう言え、ああ言え」と指示している様子。自分で「私には行ける資格が充分ある」と断言するAに、思わず「あんたね~~~」と説教したい気分にかられたが、それを抑えて、なぜ彼女が不適格だとみなされたかを説明、彼女が劣等生だからというわけではなく留学に参加する準備が出来ていないということを強調しておいたが、内心、彼女の母親への軽蔑の気持ちでいっぱいになった。
怒鳴り散らして自分の意思を通せないと判ったら、今度は子供を使って泣き落としというわけだ。

Aの母親は、自分が関係書類などを揃えたりすることは一切無く、全て自分の母親任せにしてきた。おそらく先生との個人面談なども自分ではなく母親が来ていたのだろう。自分の子供の成績すら知っているかどうか、あやしい。前出のJに依ると、母親が学校に顔を出したのなど見たことが無いという。
それでいて、自分の子供が短期留学に参加できないと知るやいなや、自分はすべきことは全てしてきた、自分の子供になんら問題は無い、自分の子供が参加できないのはおまえたちが全員、人種差別主義者だからだと、一方的に被害者のスタンスを取って、こちらを攻撃してきたのである。

白人以外の有色人種が自分の欠点・問題・過失を指摘された際、「人種差別された」と主張することを英語でrace card(人種の切り札)を使うと表現する。私が、この「切り札」を使う黒人に遭遇したのは初めてではない。
確かに、アメリカでは残念ながらいまだに有色人種は差別されている。それは事実だ。しかし、何でもかんでも自分の人種のせいにして、自分の欠点や無能力を自覚することなく反省しないままでいることは、結局は彼らの置かれている状況を悪くはしても決して改善しないことを、彼らは気づいているのか。

Aの母親は、これからもAや自分自身が困難に遭遇するたびに、自分の親としての責任と娘の努力する責任には目を背け、周囲の人間たちのせいにして彼らを攻撃し続けるのだろうか。
それが不毛な戦いであることに彼女はいつか気づくのだろうか…それとも気づかないまま不満を体中に抱えながら歳をとっていくのだろうか。
哀しいことである。