映画雑誌に連載記事を書いている事で、米国映画協会(MPAA)に登録。それによって大手映画会社の新作試写に招待される身分になって久しいが、それに加え、先月、夫先導でMoviePassというプログラムに入会した。毎月$9.95の会費で月3本まで映画が観られるというお得なプログラムである。これで、それまでは試写に招待されなかった大手会社以外の製作会社による作品も1本$3.32という破格値で観られるようになった。まさにCinemanerd天国である。
ということで、10月に入ってから観た映画をカプセル・レビュー的に御紹介していきたい。
「ヴェノム」(試写)
これまでの「スパイダーマン」シリーズでも少しだけ顔を覗かせたことのある悪役ヴェノムを主役にしたスーパー・(アンチ)ヒーロー物作品。ただし、本作にはスパイダーマンは出て来ないし、ヴェノムも悪役というよりはデッドプールに近い、スーパーヒーローらしからぬスーパーヒーローという定義の方がしっくりくるようなキャラだ。
ヴェノムを演じるのは、トム・ハーディ。実力・カリスマ共に備えた俳優なので、ヴェノム役もそつなくこなしている。
作品自体は「まあ、こんなもんでしょ」といったところ。マーヴェル映画化作品が好きな向きは楽しめるだろうが、スーパーヒーロー物に食指が動かないのであればスルーしても構わないと思う。
「アリー/スター誕生」(試写)
落ち目になりつつある男性スターが新進の女性スターを抜擢。(そのついでにw)恋に落ちるが、女性スターが急速にスターダムにのし上がっていく一方で男性スターは酒に溺れていく、というストーリーラインの「A Star Is Born」の4度目の映画化。
日本の観客には、おそらく1954年製作の2作目の「スタア誕生」が最も馴染み深いと思われるが、本作はバーブラ・ストライサンド主演の3作目に倣い、音楽界が舞台で、ヒロインを演じるのはレディー・ガガ。このガガの存在感がハンパなく凄い。ガガには女優志望だった時期もあって、演技学校に通った経験もあるから、歌手が片手間で女優してますという感じは皆無だった。監督と男性スター歌手役を兼任したブラッドリー・クーパーも、これが監督デビュー作だとは思えないほどの力量。歌も上手い。アメリカの俳優・歌手たちって本当に多才。
ガガ演じるアリーが初めてステージで熱唱するシーンは鳥肌ものです。オスカーは多部門でノミネートされる事は間違いない力作。
「The Old Man & The Gun」(日本公開日時未定)MoviePass
70代になってもなお”現役”で、同じシニア仲間たちと一緒に銀行強盗をやらかしていたフォレスト・タッカーという実在の人物を描く作品。タッカーには、この作品が俳優として出演する最後になると言われているロバート・レッドフォードが扮している。役どころとしては、サンダンス・キッドと「スティング」のジョニー・フッカーを足して2で割ったようなキャラ。レッドフォードは老いてもなおチャーミングで、それが良く活かされた作品ではあったけれど、故意にそうしたのか、とにかくドラマチックとは無縁のトーンで淡々と進んでいくので、正直、途中でちょっと飽きてしまった時があった。実際の話に忠実に映画化したのかもしれないけれど、映画にするに当たってはもう少しばかり脚色を加えて欲しかった気はした。日本映画で言えば、黒澤派ではなくて小津派にオススメの作品です。
「Bad Times at the El Royal」(日本公開日時未定)(試写)
映画は、モーテルの一室らしい場所に男が入ってくるところから始まる。男の服装からして時は1960年ぐらいらしい。このプロローグ、何が何だかわからないまま終わるが、後に重要な意味を持ってくるという事だけ書くにとどめておこう。
時は流れて1970年。舞台はカリフォルニア州とネバダ州の州境を挟んで建てられたモーテル、エル・ロワイヤル。ベルボーイ1人だけしか居ない、ちょっと奇妙なモーテルに、ワケありな客たちが訪れる。掃除機のセールスマン、牧師、言葉数の少ない黒人女性、好戦的な若い女性。それぞれの部屋にチェックインした客たちだが、全員が奇妙な行動を見せ始め…
ストーリー進行の先が見えず、意外な展開に「そうくるか〜」と思わせられるのが楽しい。かなりバイオレントなシーンもあり、私の斜め前に座っていた年配の女性2人組は映画が始まって30分ぐらいで退場していたが、タランティーノ作品が観られる人なら大丈夫。そういえば、この作品、タランティーノの「ヘイトフル・エイト」に通じるところがある。あの映画もどんでん返しが楽しい作品だった。
キャストも、ジェフ・ブリッジス、ジョン・ハム、クリス・ヘムスワース、ダコタ・ジョンソンとなかなか豪華です。
「The Hate U Give」(日本公開日時未定)(試写)
現代アメリカの人種差別の現実を女子高生の視点で描いた社会派作品。ヒロインの女子高生が、黒人女子のステロタイプではなく、教育熱心な母親によって白人が大多数を占める私立高校に通っているという設定がストーリーに多層性を加えている。映画の前半は、観ている者の心に響くパワーを備えているが、後半、ややフォーカスが散漫になってストーリーの盛り上がりが充分でなかったように思えたのは残念。
と、10月に観た5本の映画を駆け足で御紹介。
10月はあともう1本、今週末に、人類として初めて月面を歩いた宇宙飛行士ニール・アームストロングを描いたデイミアン・チャゼル(「ラ・ラ・ランド」)監督作品「ファースト・マン」を観に行く予定です。
Friday, October 19, 2018
Sunday, October 7, 2018
「華氏119」
マイケル・ムーアの新作「華氏119」を観た。
タイトルの数字、119とは、2016年11月8日の大統領選挙の翌日を表す数字で、トランプが大統領になってからのアメリカ社会・政治を描いている。
「華氏119」は、まず大統領選で大方の予想を裏切ってトランプが大統領になってしまったところから始まる。"How the f*ck did this happen?(なんでこんな事になっちまったんだ?)」というムーア自身の言葉がそれにかぶさるが、その時のアメリカ国民、少なくとも、トランプを支持しなかった国民の半数以上の気持ちをこれ以上端的に表す言葉は無いだろう。
映画は、そこから、ムーアの故郷、ミシガン州フリントの汚染水危機と街の荒廃ぶり、ウエストヴァージニア州の公立学校の教師たちが置かれている窮状、そして17人の犠牲者を出したフロリダ州のマージョリー・ストーンマン・ダグラス高校乱射事件をとり上げ、それぞれの状況から生き残ろうと闘う人々を描くと共に、その原因を作り出したアメリカ社会のシステムやその「仕掛け人」である政治家たちの欺瞞を暴いていく。さらに、そのような問題に国民が何もしないでいたらどのような結果になるかを、1930年代のナチスドイツの台頭という過去の黒歴史と重ねて警告する。
ムーアはアメリカの映画監督の中では異色の存在である。政治的スタンスではリベラルに当たるのだろうが、民主党の政治家たちのために華やかにファンドレイジングをするハリウッドのエリート・セレブたちとは一線を画し、常に庶民の視線でものを見る事を目指す。「華氏119」でも、リベラルVS保守、民主党VS共和党という観点ではなく、あくまでも執政者としての政治家たちがアメリカ国民に対して何をしてきたか、という事に着目した姿勢を一貫させている。
民主主義は、あくまで民が主となる政治体制でなければならないはずなのに、民主主義を世界中に説く建前を取ってきたアメリカの民主主義が確実に崩壊に向かっている。アメリカに住みながら参政権を持たない外国人居住者の私にとっては、もどかしい思いでいっぱいになりながらエンディング・クレジットを見つめるばかりだった。
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