Tuesday, October 20, 2015

「The Knick」


ここのところ、映画のことばかり書いてきたので、久しぶりにTVドラマのことを...

去年の夏にケーブル局シネマックスで放映開始された「The Knick」をやっと観始めたら、これがすこぶる面白くて、毎エピソードを楽しみに観ている。

「The Knick」は、1900年のニューヨークはニッカーボッカー病院(通称:“ザ・ニック”)を舞台にした医療ドラマである。
生と死のドラマが繰り広げられる医療現場はTVドラマの格好のネタになるということで、アメリカのTVドラマでは医療ドラマが尽きる事無く作り続けられているが、「The Knick」は1900年という時代背景ゆえ異彩を放つ作品になっている。
ニューヨーク、特に貧民街では衛生環境が非常に悪いから伝染病は簡単に流行るうえ、人々の衛生観念も乏しいから調理人によって腸チフスが広められたりする始末。さらに、ペニシリンをはじめとした治療薬も開発されていないし、医療機器はまだまだ原始的なものだし、手術の技術も充分に開発されていないとなれば、現代なら簡単に治る病気や成功する手術も困難な課題となって、患者たちはあっけなく死んでいく。

そんな医療の黎明時代の状況を観るだけでも、医学に興味のある私のような人間には面白いのだが、さらにザ・ニックの登場人物が実に面白味のあるキャラクターで、彼らの言動を観るのもとても楽しい。
まず主役のDr.ジョン・サッカリー(クライヴ・オーゥエン)。ザ・ニックを背負って立つ天才外科医だが、コカイン中毒者である。そのサッカリーの配下には、一見優秀そうに見えるが実は凡庸なDr.ギャリンジャー、良家のぼんぼんでサッカリーを崇拝している素直な青年ドクター、バーティ、そしてヴァージニア出身の若き看護婦ルーシー(U2のボーカル、ボノの娘で新進女優のイヴ・ヒューソン)らで構成されたチームが控える。
一方、病院の理事長の娘で父親の代理としてザ・ニックの経営サイドを担うコーネリアは聡明で思いやりもある女性だが、強靭な意志とプロ根性も持ち合わせている。
ザ・ニックには、その他、私利私欲を優先させることが多い狡猾な番頭役のハーマン・バロウ、救急車のドライバーで診察料を払える患者を獲得することでバロウから報奨金を得ているクリアリー、ザ・ニックに付属している孤児院の責任者のシスター・ハリエットなどなど、個性的なキャラクターが揃っている。

「The Knick」の第1話では、ザ・ニックの主任外科医を務めてきたドクターが前置胎盤の妊婦の帝王切開手術がなかなか成功させられないことを苦に自殺。その結果、サッカリーが主任外科医に昇格させられ、それまでサッカリーが務めてきた副主任のポジションに空きができる。サッカリーは、自分の下で外科医を務めてきたギャリンジャーを推すが、理事長は自宅の使用人の息子で自分が後援してハーバード大学で医学を勉強したうえヨーロッパでさらなる技術を学んできた青年、アルジャーノン・エドワーズを雇用するよう指示してくる。理事長の指示なら従わざるを得ないと考えるサッカリーだが、ザ・ニックにやってきたエドワーズを見て愕然とする。エドワーズは黒人だったからである。1900年のニューヨークでは、白人の患者が来る病院に黒人の医師が勤務することなど言語道断だった。「The Knick」では、それぞれの主義や立場を固持しながらも、優れた医師として互いに敬意を持ち合うようになるサッカリーとエドワーズの関係を中心に、20世紀初頭の医療現場における登場人物たちの生き様が丁寧に描かれていく。

「The Knick」は全エピソードをスティーヴン・ソダーバーグが監督しているが、生と死を扱っているだけにともすればセンチメンタリズムにはしりがちな医療ドラマをほどよくドライなタッチで描いているのが嬉しい。
キャストも、主演のオーウェンをはじめ、アメリカではそれほど有名ではないがイギリスの舞台などで活躍している俳優たちを多く起用しているだけあって、1人1人のキャラクターにしっかりした存在感がある。
が、私のような骨董好きな人間にとって何よりもたまらないのは、1900年代のニューヨークを再現したプロダクション・デザインの質の高さだろう。街頭ロケは、歴史的建築物が多く残るブルックリンの一部を使っているそうだが、ザ・ニックの建物内部や小道具の意匠、時代考証に基づいた医療器具や登場人物の衣装など、スタッフの素晴らしい仕事ぶりがうかがえる。

「The Knick」を観て、久々にアメリカのTV界の実力の凄さを見せつけられる思いがした。

Saturday, October 17, 2015

「ザ・ウォーク」


ロバート・ゼメキスの新作「ザ・ウォーク」を試写で観た。

フランスの大道芸人、フィリップ・プティが1974年8月にワールド・トレード・センターのツインタワーの屋上に渡したワイヤーを命綱無しで渡るという世紀の綱渡りは、アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞を受賞したドキュメンタリー「マン・オン・ワイヤー」に記録されているが、その世紀の綱渡りをロバート・ゼメキスが劇映画に仕上げたのが「ザ・ウォーク」である。

「ザ・ウォーク」では、ジョセフ・ゴードン・レヴィットが演じるプティがいかにしてツインタワーで綱渡りをするかという大胆不敵なプロジェクトを実現させるかという戦略を練るところが丁寧に描かれているが、そのクライマックスは何といっても、ゼメキスが得意とするCG技術によって再現された綱渡りのシーンだろう。特に試写はIMAX 3Dのシアターで上映されたので、そのリアルさ、迫力はハンパではなかった。
ストーリーと台詞はやや型通りのところがあるのが残念だけれど、ゼメキスが地上400m以上の高さでの綱渡りを再現した映像を観るだけでも価値のある映画かもしれない。

Sunday, October 11, 2015

「オデッセイ」


リドリー・スコット監督、マット・デイモン主演の「オデッセイ」を試写で観た。

「オデッセイ」は、火星探索に出向いた宇宙飛行士チームが突然の嵐に遭遇した際、チームの1人が宇宙飛行船に戻りきれずに置き去りにされたものの、持ち前の知恵と強い意志で生き抜いていくという、シンプルなストーリーだが、“宇宙版ロビンソン・クルーソー”とでも呼べる主人公をマット・デイモンが好演。監督のリドリー・スコットによる熟達なる演出と、完璧なCGI、脇を支えるジェシカ・チャステイン、マイケル・ペーニャ、キウェテル・イジョフォー、ジェフ・ダニエルズの的確な演技で、実に上質なSFサスペンス映画に仕上がっている。

ちなみに、「オデッセイ」の予告編で、宇宙に置き去りにされたマット・デイモンを見た途端、「インターステラー」のことが思い出されて、「あらまー、マット君はまたまた宇宙に置き去りですか」とちょっと気の毒になった。ジェシカ・チェステインまで出ているし、こんなキャスティングして良いのだろうか、と思ったら、案の定LAタイムズ紙のインタビューでデイモンも「僕はリドリーに『惑星に取り残された人間を演じたばかりだから、それに続いて惑星に取り残された人間を演じる映画に出演するべきじゃないと思うんだけど』と言ったんだよ」と語っていて、やっぱり〜〜と思ったのでした。(それに対するスコット監督の返事が、「そんな事、憶えてる人間なんて居ないから大丈夫だってば!」だったというのにも笑ってしまったけれど)

Wednesday, October 7, 2015

「ブラック・スキャンダル」


1970年代にボストンの“Southie”(サウジー)と呼ばれる南部地域を中心に暗躍したジェームズ・“ホワイティ”・バルジャーを主役にした犯罪映画。
最初は小悪党に過ぎなかったバルジャーが、FBIに務める幼馴染みのジョン・コノリーに声をかけられて、イタリア系マフィアに対する犯罪捜査に協力する密告屋になってからは、自分たちの犯罪は見て見ぬ振りをされるようになったのをいいことに、やりたい放題やらかして一気に権力を得ていく。
最終的には、地方検察官の人事異動をきっかけにバルジャーの手下の1人に密告されて、バルジャー一家のメンバーが次々に逮捕され、バルジャー本人は逃走。16年間の逃亡生活の後、2011年にサンタモニカのアパートに隠れ住んでいるところを逮捕されている。

映画化にあたっては、バルジャーの悪行が次々と描かれていくものの、事実に忠実にしようとしたためか、ストーリーに起伏が乏しく盛り上がりに欠けるのが惜しかった。
ただし、それを補って余りあるのはジョニー・デップの演技。特殊メイクアップを施して、デップ本人の面影はほとんど消えて(撮影現場入りしたデップを見た映画関係者が「で、バルジャー役のあの俳優は誰?」と聞いたほどだったとか)、完全にバルジャーになりきったうえに、途轍もない凄みを出していて素晴らしかった。これでオスカー・ノミネートは確実でしょう。
ベネ様こと、大好きなベネディクト・カンバーバッチが出ているのも楽しみにしていたんだけど、出番は少ないし、別にベネさんじゃなくても務まる役だったのは残念な限り。

「エベレスト 3D」

バレエのサマーインテンシブ中に痛めた足首を完治させるために娘がバレエを休んでいたのをいいことに9月に入っても映画三昧が続きました。

まずは、1996年に起きたエベレスト大量遭難事故を映画化した「エベレスト3D」。


冒険好きでリッチな素人登山家を募ってエベレスト登頂ツアーをコーディネートしてきたアドベンチャー・コンサルタンツのリーダー、ロブ・ホール(ジェイソン・クラーク)は、テキサスの医師ベック(ジョシュ・ブローリン)、郵便配達員のダグ(ジョン・ホークス)、六大陸最高峰登頂に成功していた日本人女性の難波康子(森尚子)などのクライアントたちを引率していた。ロブらがベース・キャンプに到着してみると、スコット・フィッシャー(ジェイク・ギレンホール)が主宰するアメリカのライバル・ツアー会社マウンテン・マッドネスの一行も来ていることが判明。その他に南アフリカの登山グループ
なども居て、エベレストはいつにない混雑ぶりを見せ、登山ペースの遅れを心配したロブはスコットに協力し合いながら登山することを提案して、スコットも同意する。スケジュールに従って登山を開始したものの、荒れ模様の天候で一時は登頂が疑問視されたが、突然吹雪が止んだことで一行は頂上を目指して登山を開始する...

よく知られている事件を基にした映画では、観ているこちらも結末がどうなるのかはわかっているわけで、この「エベレスト」でも誰が生還して誰が生還ならないまま終わるのかを知りながら観ているのは、やや辛いものがあった。
それと、どうも自分個人は登山はもちろん、アウトドア・スポーツ全般にあまり興味が無いので、登場人物が危険にさらされたり困難にぶち当たったりするたびに、「なぜ、こんなにまでして山に登るかなあ...?」という問いが浮かんでしまい、よけい虚しくなった。同じ山岳遭難ジャンルの「八甲田山」も虚しい映画だったけれど、あの話は少なくとも軍隊の演習であり、参加した人たちも軍人の務めとして参加したという背景があったので、まだ納得(?)できる。でも、エベレスト登頂に臨んだ人たちはあくまで自分の意志で、しかも参加料6万ドル(約700万円)を支払って命を危険に晒していたということで、「Why??」という疑問符が何度も頭をよぎったのでした。

IMAX 3Dでの画面はさすがに迫力があったので、山岳映画が好きな人、主人公たちが困難に立ち向かっていくのを観るのが好きな人にはオススメできる映画ではあります。