Friday, August 10, 2012

SAB Workshop レッスン見学

今日は、ニューヨークシティ・バレエの付属校School of American Ballet(SAB)のLos Angeles Workshopの最終日で、レッスン見学に行ってきた。


Level Cの生徒たち(12歳~14歳)

見学したのは、今年からWorkshopに参加したSheryl Ware先生のクラス。
娘も彼女の友達も一番気に入っている先生だったので、ラッキーだった。
シェリル先生:細くて小柄で、ちょっと日本人バレリーナに居そうなタイプ
(写真はいずれもSABのFacebookからお借りしました)

レッスンは、普段の教室のレッスンと同様、バーでのプリエから、タンデュ、フラッペといった基本動作から始まったが、シェリル先生の指示はとても的確で解りやすい。生徒たちに対しても、1人1人、差別することなくまんべんなく観ていてくれている感じ。新しい動作に移るたびに見本を見せてくれるのだが、膝から下がぐーんと反った脚に、綺麗に甲が出る足。それは見事なバレリーナの足に、目が釘付けになってしまった。立ち姿もバレリーナらしく凛としていて、見とれてしまう美しさ。

バー・レッスンはごく基本的な動きだったが、センター・レッスンに移るやいなや、いかにもバランシン・スクールという動きがガンガン出てくる。とにかく、スピードがあって、キレのある動きを要求されるパばかり。たとえば、グリッサード。普通はその意味通りglideする、つまり横に滑るような動きをするのがグリッサードなわけだが、シェリル先生が課題に出した動きをピアノの伴奏に合わせようとすると、のんびりと横に滑る暇など無い。そうやって、もたもたしている生徒が目に入るやいなや、バレエ・ピアニストを止める合図を出し、「この場合のグリッサードは横に滑るのではなく、上に飛ぶ感じで」とコツを教える。このあたりのタイミングや教え方が、実に要領を得ていて感心させられた。
それと、足さばきや動きだけでなく、音楽にきちんと乗って踊ることの大切さや、「ため」を取って踊る指導など、パフォーマンスではない普通のレッスンでも、表現力を養わせてバレエの情緒性を教えようとする姿勢にも、共感させられた。
とにかく素晴らしい先生でした。こういう先生に日頃から習えるSABの通年制の生徒たちは本当にラッキーだと思う。

SABのワークショップが終わって、7週間ぶっ続けで踊り続けたバレエの夏もひとまず終了。
今年は、教室のサマー・プログラムもSABのワークショップもかなり充実していたようで、本人も「この7週間でとても上達したような気がする」という実感が得られたそうで、親としても嬉しい限り。

来週は1週間、バレエは完全にお休みする予定だけれど、再来週の月曜日からは普段の教室でのレッスン(新レベルになって週6日、12時間の稽古量!)が始まり、8月末からは、12月に上演される毎年恒例の「くるみ割り人形」のリハーサルも始まる予定。
夏に学んだことが、秋のレッスンや「くるみ割り人形」のパフォーマンスに活かせますように…

Monday, August 6, 2012

「眠れる女と狂卓の騎士」追記:コーヒーとサンドイッチ


下の日記で書き忘れたこと。

「ミレニアム」シリーズをずっと読んできたけど、この3作目でなぜか気になったことは、登場人物たちが、やたらコーヒーを飲むこと。家に帰ればまずコーヒーを淹れ、カフェに入ってはコーヒーを注文し、オフィスに出勤したらまずコーヒーをマグに注ぐ、といった具合。
まあ、イギリスを除いてはヨーロッパ全般がコーヒー党だという印象があるので、不思議は無いのだが、それにしても、コーヒーの登場する場面の多いこと、多いこと。
そして、コーヒーのお供のように登場するのがサンドイッチ。とにかくサッと食事を済ませたい時には、サンドイッチとコーヒー。自宅で作るサンドイッチだけではなく、列車の食堂車の中でも、どこかの売店でも、注文するのは必ずサンドイッチ。何のサンドイッチであるかということまでは、全く言及されていないけれど、きっとハムかスモークされた肉類、それにチーズに、ちょっとした野菜ぐらいかと想像する。

そんなこんなでサンドイッチのことを考えていたので、今日の昼はサンドイッチ。(ただし、コーヒーは朝飲んでしまっていたのでミルクティーで代用。)
本日のサンドイッチは、娘のバレエのカープール・バディの自宅の前庭で育った完熟トマトをメインに、ハムとチーズ、レタスを添えたオープン・サンド。
まだ見ぬ遠いスウェーデンを想いながらのランチでした。

Sunday, August 5, 2012

「ミレニアム」三部作 読了


1ヶ月ほど前、娘の中学校によってリストアップされた夏休みの読書推奨書を借りに訪れた近所の図書館の日本語書の書架で、「ミレニアム」シリーズの完結編「眠れる女と狂卓の騎士」上下を見つけた時には、「Aaaaah~~~♪」という天使たちのコーラスを聞いたような心地がした。
今年の年末年始に日本に帰省した際に、年内開館最終日の図書館に駆けつけて1作目「ドラゴン・タトゥーの女」を貸し出してむさぼるように読んだ後、ロサンゼルス・シティ系列の図書館の蔵書に2作目「火と戯れる女」を見つけ出して夢中で読んでからは、3作目を読めるのは次に帰省する時だと諦めていたから。この図書館には「火と戯れる女」上下もあったので、1作目も誰かが借りているだけできっと揃っているに違いない。早川文庫版の同書は、まだ真新しく、私が貸し出し第1号だったかもしれないのも、何となく嬉しかった。

裕福なヴァンゲル家の複雑な人間関係をベースにした本格ミステリの形式を取った第1作、リスベットの過去が徐々に明らかになっていく過程をスリリングな警察小説のジャンル風にまとめた第2作、そして、前半はスパイ小説、後半は裁判物のような味付けを加えながらも、一気に大団円に到達する第3作。
もう見事としか言いようのない構成力と描写力に舌を巻きながら、もう早く次がどうなるかを知りたくてしょうがなくてもどかしい!という気持ちで読み進めながらも、これが「ミレニアム」最終章であり、リスベットのドラマを追えるのもこれが最後だと思うと寂しくて、読み終わりたくない気持ちもあって、なんとも複雑な心境で最終作を読み終えた次第。

三作三様の世界を構築することに成功している同シリーズだが、興味深かったのは、第1作の「女たちを憎む男たち」という意のスウェーデン語の原題「Män som hatar kvinnor」に呼応するかのように、第3作目の冒頭、物語が始まる前に、作者のスティーグ・ラーソンは歴史上の文献に足跡を遺しつつも滅多に語られることの無い女性戦士たちについて簡単な紹介をしていることだった。そして、それを反映して、第3作では、男性の同僚たちより優れた洞察力と行動力とで、ヒロインのリスベット・サランデルをサポートする頼もしい女性キャラクターたちが登場する。第2作で初登場した刑事ソーニャ・ムーディグ、この作品で初登場する公安警察のモニカ・フィグエローラ、リスベットがかつて務めていたミルトン・セキュリティの社員スサンヌ・リンデル、そして、ミカエル・ブルムクヴィストの妹でリスベットの弁護士になるアニカ・ジャンニーニである。リスベットも相変わらずの不屈の精神と驚くべき頭脳で闘うが、彼女ら“女戦士”たちの助力が無ければ、女たちを憎む男たちとの戦いに敗れていたかもしれないと思わせられる。これは、女性の読者たちにとっては嬉しいボーナス・ポイントだ。

題名の話が出たついでに、ちょっと面白いと思ったのは、原語のスウェーデン語版、英語版、日本語版のタイトルの付け方だった。
第1作目は、上でも言及した通り、スウェーデン版が「女たちを憎む男たち」というタイトルが付けられていたのに対し、英語版と日本語版では「ドラゴン・タトゥーの女」になっている。(英語版は「The Girl with the Dragon Tatoo」) 1作目の焦点は、リスベット・サランデルではなく、むしろミカエル・ブルムクヴィストに当たっていることを考えると、どうやってこのタイトルが付けられたのか…と不思議に思われる。(これについては、また後述することにする。)
第2作目は、スウェーデン、英語、日本語、すべて一緒。「Flickan som lekte med elden」=「The Girl Who Played with Fire」=「火と戯れる女」。これは、2作目の内容を知れば納得のタイトルだ。
一番不思議なのは、第3作目。3つの言語それぞれ、全く違ったタイトルになっているからである。原書のスウェーデン語版は「Luftslottet som sprängdes」=「爆破された天空の城」、英語版は「The Girl Who Kicked the Hornets' Nest」=「スズメバチの巣を蹴った女」。そして日本語は「眠れる女と狂卓の騎士」といった具合に。
この題名の違いについて、Nordic BookblogのPeterは、次のような分析を展開している:

(原著とは違う)2つのタイトルは、「マーケティング・メッセージ」の点で、無視できないフォーカスの転換を意味するものである。英語版では3書とも「The Girl」で始まるタイトルになっている。すなわち、読者にとってはリスベット・サランデルこそが焦点を合わせるべき重要なキャラクターであり、それは、読者がタイトルを見る際、女性版ジェームズ・ボンドのようにもなりえる女性を主人公とするミステリ・シリーズを示唆していると言えなくもない。
しかし、スウェーデン語の原書のタイトルは、1作目は女性たちを憎む男性たちについてのストーリーで、2作目は対処するには複雑すぎる事に巻き込まれてしまった女性のストーリー、そして3作目は高き場所にある構築物が爆破されてしまうストーリーというように、実際は非常に性格の違ったタイトルが付けられているのである。
(後略)

英語版とスウェーデン版の比較に留まっているこの分析に、日本語版のタイトルについての分析を加えるとすれば、日本語版ではリスベット・サランデルのことを救い出そうとする「騎士」たちの活躍に焦点が当てられていると読める。これは、チームワークを重んじる日本人にアピールするタイトルであると解釈するのは深読み過ぎるだろうか…?

私の読書傾向は極端にミステリ小説に偏っている。そして、ミステリ小説の性格上、謎解きを中心に展開するストーリーは1度読んでしまえば、もうそれで済んでしまう作品がほとんどゆえ、私は読んだ本を何度も読み返したりすることはまず無い。
例外はスティーヴン・キングの「シャイニング」で、そのエキサイティングな展開に勢いを得て一気に読んでしまったが、そのストーリーテリングの上手さをまた味わうために読み返したくなり、結局、3~4度は読んだのではないだろうか。
「ミレニアム」三部作も、最終章を読み終わった今、また最初に戻って、「ドラゴン・タトゥーの女」を読み返したい衝動にかられている。
読み捨てることが多い読書習慣の持ち主として、本はほとんど買わずもっぱら図書館を利用している私だけれど、「ミレニアム」だけは三部作全て買い揃えて、何度も読み返そうかな…と考えている。

Thursday, August 2, 2012

トータル・リコール


今日は「トータル・リコール」の試写会。

原作は言わずと知れたフィリップ・K・ディックの「追憶売ります」。1990年にポール・バーホーベンがアーノルド・シュワルツェネッガー主演で映画化しているゆえ、“リメイク”と呼ばれることも多いようだけれど、主人公の記憶が捏造されたものだという以外は、設定もかなり違っている別物映画と考えたほうが良いかもしれない。

時は2084年。世界のほとんどの地は化学物質で汚染され、人類は、英国連盟という名の近代国家と“コロニー(=植民地)”と呼ばれる混沌とした場所の2箇所に居住し、労働者階級はコロニーから英国連盟にある工場に毎日、出稼ぎに行っていた。工場で働くダグは、希望の見えない日常に嫌気が差して、“リコール”という虚偽の記憶を植えつける現実逃避的な娯楽を試してみようと思いつく。架空のアイデンティティはシークレット・エージェントということになって施術を始めようとしたその時、警察の襲撃を受け、リコールの店員は全員死亡するが、ダグは自分でも驚くような身のこなしで警官たちを全員、倒す。動揺した気持ちのまま急いで帰宅したダグは、妻に何が起きたかを話すが…

まず映画全体の印象を書くとすれば、まるでビデオゲームのような映画だということ。カメラワークも編集も、とにかくペースが速い。ビデオゲームの方が映画よりも身近なメディアだという世代には抵抗が無いのかもしれないが、根っからの映画人間の私には、血が通った人間がスクリーンに映し出されているというよりは、デジタル技術で作り出されたキャラクターが超人間的な動きをしているようにしか見えなかった。
次にコロニーの街のデザインが、「ブレードランナー」のセットをそのまま持ってきました、と聞いても驚かないぐらいそっくり。製作者たちは、おそらく同じ原作者の作品を基にした「ブレードランナー」へのオマージュのつもりで、そのようなプロダクション・デザインにしたのかもしれないが、あまりに似てい過ぎて、なんだかちょっとえげつない(?)かもと思ってしまった。
それから、アクションシーン満載で、なかなか良く出来ていたシーンもあったのだけれど、とにかく全体がデジタル・エフェクツで構築された世界というのがあからさまなので、リアリティ感覚が薄く、いまひとつ入り込めないという気がした。このあたり、クリス・ノーランなどと比べると、監督のレン・ワイズマンは、まだまだ「格」がずっと下だなあ…と思わざるを得なかった。

Wednesday, August 1, 2012

SAB Los Angeles Workshop for Young Dancers 2012


SABことスクール・オブ・アメリカン・バレエの「若いダンサーたちのためのロサンゼルス・ワークショップ」が一昨日の月曜日から始まった。(このワークショップについての説明はこちら。去年のワークショップについてはこちら)
今年も、スケジュールは去年と同じ。指導陣は、去年も教えに来たDarci Kistler、Katrina Killian、それと、去年来たSean Laveryに代わり、Sheryl Wareという先生が来ているとのこと。

今年も80人ほどの生徒を3つのレベルに分けているが、今年は11歳~12歳の応募者・合格者が多かったのか、Level Aは10歳~11歳半、Level Bは11歳半~12歳半、Level Cは12歳半~14歳という分け方になっている。ただし、去年は完全に誕生日で分けられていたのだが、今年は、初日のPlacement Classで、Level Cに入れられていた生徒が5人ばかりLevel Bに下げられていたとのこと。幸い、娘はそのままLevel Cに残らせてもらったが、自分より半年ほど年長のクラスメイトが1人、Level Bに下げられてショックを受けた様子だったとか。

最初の3日間のレッスンを受けた感じでは、難易度は去年と変わらない気がする、と。まあ、娘たち(娘のクラスメイトでは、去年受講した生徒は1人を除き、全員参加。さらに2人のクラスメイトが今年は補欠合格をもらって参加しているとのこと)も、それなりに進歩しているだろうから、去年のLevel Bよりは難しい事をやらされているのだろうとは思うけれど。(っていうか、そうじゃなかったら困る~~~)
ちなみに、参加費は去年より100ドル上がって、10日間(月~金で2週間)で1100ドルなり。(その他に、登録料75ドルが必要)

Friday, July 27, 2012

サマー・プログラム パフォーマンス

チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ、ヴァリエーション

娘の通っている教室の5週間に渡るサマー・プログラムも今週で終わり。
最終日(娘のレベルは明日の土曜日が最終日だけど)の今日は、スタジオでパフォーマンスがあった。

娘が受講したLevel Cは、「ラ・バヤデール」第二幕「影の王国」後半のコール・ドと、ジャズ、モダン、フラメンコを全員で踊り、ヴァリエーションは、クラス内で一番上手い子が「ラ・バヤデール」のガムザッティのソロを1人で踊り、残りの子たちは、「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」のヴァリエーションと「白鳥の湖」第一幕、パ・ド・トロワの第4ヴァリエーションとの2つの踊りに分けられ、娘は希望通り「チャイコフスキー・パ・ド・ドゥ」を踊らせてもらうことができた。
この「チャイ・パ」(と子供たちは呼んでいた)は、7月15日付けの日記でも書いたように、ものすごくテンポの速い曲なのだけれど、さすがバランシン系の教室だけあって、しっかり指導してくれたようで、8人全員、とりあえずテンポに遅れず踊ることが出来て、めでたし、めでたし。

教室で一番サイズの大きいスタジオで行なわれたカジュアルなパフォーマンスだったけれど、先生方は、それぞれ衣装を工夫してくださるなどして、なかなか見応えのあるショーになっていたと思う。

サマープログラムはこれで終了。月曜日からは、SABのワークショップが始まる。
バレエ漬けの夏もあと2週間。頑張れ~!

Tuesday, July 24, 2012

Ruby Sparks(邦題:ルビー・スパークス)


「バットマン ライジング」を観た翌日は、「Ruby Sparks」という独立プロダクション系作品の試写を観に行った。

Ruby Sparksの主人公カルヴィンは、19歳の時に発表した小説で天才の出現のようにセンセーションを巻き起こしたが、その後10年間、さっぱりとインスピレーションがわかず、“一発屋”で終わる危惧にさいなまれていた。そんな或る日、カルヴィンは、夢で会った“理想の女性”、ルビー・スパークスを主人公にした小説を書くことを思いつき、久しぶりに経験する執筆意欲に燃えてタイプライターを叩き始める。ところが、数日後の朝、いつものように目覚めて2階の寝室から降りてきたカルヴィンをキッチンで迎えたのは、なんとルビーだった。ごく当たり前のように「朝ごはんに卵料理を作っているんだけど」とカルヴィンに話しかけるルビーに、腰を抜かすカルヴィン。「まだ夢を見ているに違いない」と呟くが、ルビーは現実の存在になってしまったのだった…

自分の想像の産物に恋をするというのは、ピュグマリオンの神話にも登場するストーリーで決して新味のあるものではないが、脚本を書いて主演もこなすゾウイ・カザン(「エデンの東」などで知られる名監督エリア・カザンの孫娘でもある)の天真爛漫なルビーと、ウッディ・アレンの若い頃を思わせるところもあるポール・ダノのカルヴィンの演技がとても自然で、観ていて心地良かった。(カザンとダノは実生活でも恋人同士なので相性がバッチリなのは当然といえば当然なのだけれど)

監督は、「リトル・ミス・サンシャイン」のコンビ、ジョナサン・デイトン&ヴァレリー・ファリス。そういえば、「リトル・ミス・サンシャイン」はふてくされた青年役を演じたダノの出世作でもありました。